狩田巻山先生の著書『ペン字精習』を教材に含めた通信講座があります。 日本賞状技法士協会が監修している「新・実用ボールペン字講座」です。
『ペン字精習』はおまけの副教材かと思いきや、実はメインのテキストに据えていて、『ペン字精習』の硬派な内容を分かりやすく仕立てた練習パッケージがこの講座の特徴になっています。
ペン習字の初歩ステップが学べる新・実用ボールペン字講座の概要について紹介します。
公式ページ 新・実用ボールペン字講座
この講座のキーパーソンとなる「狩田巻山先生」ってどんな人?
(『ペン字精習』p159 より)
『硬筆書写検定◯級合格のポイント』の著者でもあり、硬筆字典もいくつか出版されています。ペン習字に関する見聞が広まると、自然とその名前を耳にする先生です。
“狩田巻山先生は奈良県桜井市の農家のご出身、奈良師範など関西の学芸大、教育大教授を歴任後、定年を機に状況、大妻女子大、東京教育大教授として書道教育に当る傍ら八十九歳で病没されるまで書写技能検定協会会長を務められました。”
- 『わかくさ通信』 2016年2月号
『ペン字精習』p93より
狩田先生の書きぶりは、「和漢朗詠集」や「高野切」など仮名書法を長年研究していた影響もあるのか、線質に柔らかみがあって、どこかやさしい雰囲気を感じます。
主教材となる『ペン字精習』ってどんな本?
『ペン字精習』は、狩田先生が書かれた硬筆の学び方を体系的にまとめた本です。(1978年出版)
冒頭には指導者なしで、ペン字を独習しても急所がわかるように細かい解説を付けた
とあるように、上・下の2冊を通して硬筆書写検定4級から1級までのポイントを網羅した内容になっています。
『ペン字精習・上』は、ペンの持ち方から始まり、ひらがな・カタカナ・数字といった手本や基本点画の書き方など、主に初級者から中級者を対象にした内容になっています。
『ペン字精習・下』は、硬筆による作品創作を主軸に置き、連綿、草書、変体がなについて学ぶ上級者向けの内容になっています(はがき、封書、掲示書きといった実用書式の項もあります)。
1ページずつ順に消化していくことで達成感を味わえる今時の書き込み式練習帳と比べると、『ペン字精習』は資料集的な作りになっていて、今の自分にとって必要な項目をその都度、参照する内容になっています。
練習帳としてのページは一切なく、構成に無駄がない、長く使える参考書です。
ただ、ペン習字を始めて間もない人が『ペン字精習』だけを頼りに学習を進めるのは少し無理があるかもしれません。
本の内容は秀逸ですが、それぞれの項目についてどれだけの量をこなせばいいのか納得しながら学習を進められる人は、そう多くはいないからです。
それを分かりやすく示した練習パッケージが「新・実用ボールペン字講座」になります。
新・実用ボールペン字講座の特徴
この講座で学べるリストを目次から抜粋してみた
『ペン字精習・上』の目次欄から、新・実用ボールペン字講座の学習内容とリンクしている部分を赤枠で囲んでみました。
こうして見ると、新・実用ボールペン字講座は、『ペン字精習』のごく限られた部分をピックアップしており、「ひらがな」「カタカナ」「基本点画を学べる漢字」に焦点を絞った構成になっています。
「漢字かな交じり文」や「行書」については触れず、単体文字についてひたすら書き込む字形の整え方に特化したカリキュラムとなっているのが特徴です。
学習の主な流れは4ステップ
- 「学習の手引き」で学習範囲を確認する。
- DVDを見て予習しておく。
- ペン字精習を開いて理解を深める。
- 実際に書いてみる。
実際にどのような練習になるのか説明していきます。
1. 「学習の手引き」で学習範囲を確認する
第12回まである添削課題の概要とその提出方法は「学習の手引き」に掲載されています。
この講座はテキストの種類が何かと多く、「学習の手引き」が学習範囲の早見表になります。
2. DVDを見て予習しておく
DVDでは、練習範囲を再確認するとともに、先生の筆致や字形を整えるコツをチェックできます。
『ペン字精習』内のやや難解な内容も話し言葉による解説が加わると、理解が進みます。
3. 『ペン字精習』を開いて理解度を深める
メインテキストである『ペン字精習』を開きながらDVDを見ると、さらに理解が進みます。
「ひらがなの基本線」や「漢字の基本点画」といった学習初期に役立つ内容が比較的多いのが『ペン字精習・上』の特徴です。
4. 実際に書いてみる
これまでのポイントを踏まえて、実地練習に入ります。
まずは、なぞり書きで手本の筆致を追体験します。
1課題ごとの清書用紙は6枚あり、このうち、よく書けた1枚を提出することになります。
講座を修了する頃には相当な練習量になり、やり切った達成感がひとつの自信に繋がります。
テキストは、1ページずつ切り離せるから書き込みやすい
テキストの大半は、ページを切り離して使う形式になっています。
手本を置く位置が自由になるおかげか、書写しやすく、厚みのあるノートと違って段差もないので手の甲に感じる不快感を気にせず書き込めます。
切り離せるタイプの練習帳はもっと普及していいと思います。
副教材は、『ボールペン字レイアウト集』と『四季の挨拶状』です。
手紙における様々な文例やマナーを織り交ぜたペン字手本集になっています。
先生のペン運びを動画収録したDVD付き
DVD1枚目は、ペン習字に関するあんちょこをまとめた内容になっています。
2枚目のDVDでは、講座の内容に沿って先生の運筆と解説が収録されています。
カリキュラム後半では、漢字の基本点画と合わせて
- 芳名帳
- のし袋
- 年賀状
といった実用書式を学ぶ内容になっています。
添削は可もなく不可もなくシンプルな内容
日ペンのような細かな添削を経験している人にとってはやや物足りない添削かもしれません。課題に対する理解度をチェックする形式で個人の力量を伸ばす指導となっていました。
添削課題の返却までにかかる日数は、平均して10日前後で、返却が遅く練習リズムが崩れたといった弊害はありませんでした。
講座を修了してみて
特徴を一言で表すなら、ペン習字の実際を肌で感じられる教材です。
テキストから1ページずつ切り取り、コツコツと積み上げていく練習形式は、「富士賞」取得をゴールに見立てた『集中力を育てるペン習字トレーニング』に通じることろがあります。
膨大な書き込み量を特徴としたこの講座を修了したからといって劇的に字が上手くなるかというと、そこには個人差があるわけで、良くも悪くもペン習字に対する理想と現実のギャップを実感できる講座内容でした。
ペン習字の基礎・基本が分かる講座でした
学習初期における練習量の多寡は、私の中でそれほど重要とは思っておらず、「きちんと道筋をつけて練習できたか」を意識できた人の方が得られるものが多いと考えています。
ここでの道筋というのは、ペン習字の基本を知ることであり、『ペン字精習』内の表現を借りると、
(一)硬筆の学び方
- よい手本を選ぶ
- 少しずつ、根気よく反復練習する
- 書法を身につけ、練習する
- 古典を学ぶ
- 狩田 巻山 『ペン字精習・上』 p5
ペン習字を学ぶ上で整えておきたい4つの環境のうち、最後の項目以外はこの講座がバックアップしてくれます。
何にも代えがたい副次効果は、『ペン字精習』をパラパラと見返すだけで、これまで取り組んできた学習内容が思い浮かぶ既読感ではないでしょうか。
『ペン字精習』のやや専門的な内容にたじろぐことなく、すべてのページを読み切ることができるのは今後の大きな糧となりますし、学習初期の段階でペン習字のよすがとなる一冊を持てるのは、好運な出会いでもあります。
狩田先生の手本でペン習字を学ぶことを決意した人にとっては、最適な初歩ステップになるかと思います。
個人的な総評
価格と内容のバランスは取れているか
市販本である『ペン字精習』のみで自主学習できる人にとっては、どうしても割高に感じてしまうのは否めません。
新・実用ボールペン字講座の対象となる人は、
- 狩田流の手本で学びたいが、
- 近くで通える教室が見つからず、
- ペン習字の勘所もまだよく分かっていない。
とにかく何から始めたらいいのか分からない硬筆初心者に向けた講座になっており、目の前のことだけに集中できる練習パッケージに価値を見いだせるかが受講の決め手となりそうです。
こんな人には向いてないかも
- 既に『ペン字精習』を持っているし、活用方法も知っている。
- 行書や実用書式を中心に学びたい。
- 往復封筒を書く手間が面倒。
新・実用ボールペン字講座は『ペン字精習』のうち、「ひらがな」「カタカナ」「基本点画を学べる漢字」に焦点を当てたカリキュラムになっています。
「字形の整え方を知ること」と「文章としての布置を知ること」は、ノウハウが別物であり、この講座は「字形の整え方」に特化した初心者向けの内容です。
また、添削してもらう際に使用する封筒は自分で用意しなければならず、こういった準備を手間に感じる人は、思わぬ挫折ポイントになってしまうかもしれません。
こんな人におすすめです
- パイロットペン習字C系統を始めたのはいいが、練習量が足りていない気がする。
- ペン習字の練習習慣を何としても身につけたい。
- 『ペン字精習』を個人的なバイブルとしたい。
パイロットペン習字C系統(狩田巻山先生流派)で級位がいまいち上がらず、練習の仕方に悩んでいる人にとってはカンフル剤となる可能性が高いです。
昇級のコツを知るというよりは、書写の絶対量を増やしつつ基礎となる土台を固め、次第に地力がつくような成長が見込めます。
また、1ページずつ切り取ったテキストを出先やスキマ時間に消化するように努めると、自然と練習が捗ります。環境や場所を選ばず取り組める硬筆の長所を活かした教材でもあります。
個人的オススメ度:
ていねいに、手本に注意して、反復して、手本を見ないで速く書いても正しく書けるまで練習することが大切なのです。根気が大切です。
- 狩田 巻山 『ペン字精習・上』 p5
所々に出てくる『ペン字精習』の教えをどこまで忠実に実行できるかによって成果が変わる講座です。
表紙の擦れやページの角折れ、付箋だらけの『ペン字精習』が出来上がる頃には、ペン習字の基本が身につきます。