日本と中国の書道史を体系的に理解するのに適した本です。
それぞれの時代を俯瞰する形で話が進むので、時代ごとの重要人物と作品をかいつまみながら、必要にして十分な知識が身につきます。
この本は、内容をきわめて慎重に精選し、それをできるだけやさしく説明し、できるだけ図版を多くし、話の進め方も工夫しました。
また、人名や作品名などの呼び方(読み方)も広く正しく示してあります。
- 江守質治 『字と書の歴史』 日本習字普及協会 (1967/11)
本の概要
合計で170ページあり、書聖(書の神様)とうたわれた「王羲之」を軸にして話が進みます。
中国と日本の時代を交えつつ内容が進行するため、付属する年表を参照すると分かりやすいです。
- 王羲之の影響を強く受けた「唐の時代」
- 王羲之が生没した「東晋の時代」
- 王羲之と唐の影響を受けた「奈良時代」
- 唐様から和様へと展開する「平安時代」
といった具合に、書道史における重要な項ほど前に持ってきた構成です。
著者は、江守賢治先生です。国語・国学を専門とした研究科で、欧陽詢が夢枕に立つほど私淑する欧陽詢マニアでもあります。
人物にまつわる逸話を、学者の視点から疑問を投げかける熱のこもった文章は、江守先生らしくもあり、読書中の良いアクセントになっています。
作者の代表作を理解しやすい構成
各時代に登場する重要人物は、
- 作者の人柄や職業
- 関連エピソード
- 図版と書の特徴
これらが3点セットになって話が進むので、それぞれの作者の代表作を理解しやすいです。
当時の”書事情”がよく分かる
本書の特徴は、単なる歴史解説書にとどまらない点です。
読み物としてもおもしろく、少しばかり例を挙げると、
- 容姿に恵まれなかったが、人なみすぐれて聡明だった「欧陽詢」
- 酔いどれて書き上げた草稿が傑作となった「蘭亭序」
- 書の神様とうたわれた「王羲之」の肉筆は現存しないこと。
- 王羲之を溺愛した「太宗」の彼の書に対する執着心。
- 失敗のわび状や弁解が今でも大切に残っている「藤原佐理」の書。
などなど、書道に関する教養が身につくのはもちろんのこと、話のタネとしても使えそうな奥深い話が盛りだくさんでした。
読み始めると知らぬ間に読み進み、しかも正確な知識が頭の中に残ることと思います。
そして、これだけのことが理解した上で知識になっていますと、専門的でかなりむずかしいほかのことも容易に理解することができ、たとえば博物館や書の展覧会を見に行ってもまた床の間の茶掛などを見ても、興味を感じるようになりましょう。
何回も繰り返して読むことをおすすめします。
- 江守質治 『字と書の歴史』 日本習字普及協会 (1967/11)
書写検定の理論問題に丸ごと使える内容
硬筆書写検定の理論問題では、「文字や書道の歴史に関する知識」が問われ、準1級・1級を視野に入れている人は、書道史の知識が必要になってきます。
上の画像は、硬筆書写検定で出題される書道史の主な範囲を示したものです。
- 中国の書道史 出題範囲
- 王羲之の「東晋」から「唐」まで。
- 日本の書道史 出題範囲
- 聖徳太子の「飛鳥時代」から「平安時代の終わり」まで。
出題範囲を本書がもれなくカバーしていますから、書写検定の上級を視野に入れている人にとっては、『字と書の歴史』が大きな戦力になります。
『字と書の歴史』 もくじ
※書写検定の理論問題と関わりのある項目を赤字にしました。
- 話の進め方と、読み方・見方
- 唐という時代
- 太宗皇帝と初唐の三大家
- 欧陽詢・虞世南・猪遂良とその代表作品
- 書聖といわれた王羲之
- 王羲之は名門出身の役人であった
- 王羲之は書の上でどれほど尊敬されたか
- 王羲之の逸話三つ
- 行書の二つの手本
- 蘭亭叙のほんものは現存しない
- 唐の大宗が蘭亭叙をあざむき販る
- “のり”と”はさみ”の集字聖教序
- 王義之の細楷の代表作品
- 数奇な運命の楽毅論
- 名品を手本にするには
- 光明皇后が書かれた楽毅論
- 王義之と唐の影響をうけた奈良時代
- 献物帳の形式と書きぶリ
- 昔は、書家といわれるプロはいなかった
- 試験を受けて書のプロ、写経生になる
- 鑑真と鑑真書状について
- 天皇が書かれたという二つの額
- 三筆
- 嵯峨天皇・空海・橘逸勢とその代表作品
- 空海と並び称せられる最澄
- 三跡
- 小野道風・藤原佐理・藤原行成とその代表作品
- いろいろのこと
- 日本で最も古い字
- 最も古い肉筆
- 古い金文二つ
- 最も古い石碑と多胡碑
- 三色紙
- 歌集の写本に名品が多い
- かなの名品にまつわるまぼろし
- 和様と唐様
- 古筆と墨跡
- 鎌倉時代と以降と御家流
- 江戸時代の偉大な二人の書家
- 明治以降の小学校での習字教育
- かなの歴史
- ひらがなは、どのようにしてできたのか
- 漢字の歴史
- 書体の歴史
- 二種類の隷書 木簡と章草
- 楷行草の生まれた時代
- 唐の大宗は書道の擁護者であった
- 最初の行書の碑 晋祠銘
- 二十世紀になって発見された温泉銘の拓本
- 最も偉大な書家 顔真卿
- 学者の家系に生まれた彼
- 変転のはげしい彼の一生とその書
- 千福寺多宝塔碑
- 顔氏家廟碑
- 顔真卿の三稿
- 祭姪文稿
- 祭伯文稿
- 争座位稿
- 唐に続く時代 宋
- 元以降の書家
- 草書の手本三つ
- 十七帖
- 書譜
- 真草千字文
- 年表
本書で身につけた書道史の体系的な知識によって、実際の古典を臨書する機会があったとしても、臆することなく没入できます。
局所的に使える知識にとどまらず、場面に応じて使い回しが効く、まさに教養が身につく良書だと思います。
ちなみに表紙のイラストは、それぞれが書道史の逸話に関係しています。
- ガチョウ
- 王羲之の話 ・・・ p21
- 弘法麦(こうぼうむぎ)
- 空海の話 ・・・ p57
- カエル
- 小野道風の話 ・・・ p68
- 鳥のあしあと
- 蒼頡の話 ・・・ p128
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